私は中学のバスケ部のキャプテンでした。バスケうまくなりたかったというのは、正しいのですが高校で全国レベル(全国準優勝1回、3位が2回)のバスケ部に入部してしまったのです。
それからの私のバスケ生活は、毎日が怖いとしか言いようがない!とにかくその高校のレベルがあまりにも高すぎた。バスケにはそこそこ自信があったのですが、とても追い付けるものではない。かつ私はマラソンが特別に苦手!マラソン大会の上位連中がバスケをやるべきであって、私はそんなプレーヤーではない!
でも、バスケやめると、なんか『逃げた!』ってなりそうでそれもできない。でも内情を言いますと、8割方みんな辞めていくのです。辞める人が増えるほど練習はキツくなる。ですので辞めれば、悩みなんて無くなるのですが、それはできない!
私はそこで考えたのです。私の学校のバスケスタイルは『オフェンス(要は攻撃)』と『ディフェンス(守備)』のどちらかと言うとディフェンスが主体のチームだったのです。それならディフェンスだけで頑張ればいいかな?と。
要は両方での活躍は諦める!ディフェンス中心で行こうと。大谷さんの真逆の発想です。活躍できる部分を極力狭くしたのです。
それで最後どうなったか?と言うと、神奈川県で優勝して松江インターハイに出場できました。
このバスケのキツさは、本当に頭髪が1日で真っ白になってしまうくらいキツイ過酷なものでした。でもこの苦労?にくらべれば、会社や世の中のどんなツラいことでも、そのバスケ練習の過酷さからすれば大したことない!
私のいまがあるのは!バスケのおかげ、そう思ってます。本当にキツかった、ツラかった!
どうせいつかバスケをできない時がくるのだから、と耐えてきましたが、耐えてきて本当によかったかと。あのとき、逃げてたら、そういうことがクセになって、どうしようもない男になってたと思います。
本当に毎日、とくに朝起きるのが怖かったです。
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